
傾聴について(活動報告)岡島利夫
「素敵な日本語を学ぶ科」では、ここ2~3週間かけて“「きく力」を磨く”と題して、傾聴力と質問力を考える授業が続いた。ここではあくまでコミュニケーションの取り方の一環としての授業である。
私は、さいたま市のシルバー・ボランティア・バンクに登録していることもあり、個人的関心事は、介護施設等に出向き、高齢者のお話し相手になるいわゆる「傾聴ボランティア」であるので、関心の趣が異なる。ここでもボタンの掛け違い明らかになった。
そこで今回の活動報告は、下記1.において授業で受けた「傾聴」について。そして、2.においては、最近、私が行った傾聴ボランティアの様子を2例ほど紹介しておく。3.として、両者の「傾聴」の差異や共通点の中から気づきの点をいくつか挙げておく。
1.授業の中での「傾聴」
(1)「きく力」はコミュニケーションの基本の一つである。人は「話す」「きく」の繰り返しによって、相互理解を増進することができる。
(2)「きく」には、「聞く」(hear)、「聴く」(listen)、「訊く」(ask)の3つがある。
(3)「傾聴力」のポイントとしては、①要約力(話の筋道を整理しながら聞き取る力)と、②理解力(話し相手が直接的に表現しなくても、そこに込められた背景や意味するところを理解する、あるいは、しようとする力)
(4)それでは、「人と話すことが得意」とする人は、何を重視しているか、①相手の話をよく聞く、②相手の目や表情をもよく見ている。つまり、「話し上手は聞き上手」が結論。
(5)「質問力」のポイントは、①相手や話そうとしている内容・情報に関心をもつ、つまり、相手を知ることは、興味をもつことから始まる。
(6)相手が何を思っているのかを引き出す2つの「訊く」、①さまざまな角度から広く訊く(疑問点やもっと知りたいことを訊く)、②深く訊く(相手の思いをさらに引き出せるように訊く)
(7)上手な訊きだし方、①短い言葉で、端的、明瞭に、②相手が話した内容を上手くすくい上げる、③クローズド・クエスチョンとオープン・クエスチョンを組み合わせる、④疑問点を曖昧にしておかない、⑤できるだけ具体的に、⑥相手の話を遮ったり、割り込んだりしない。
(8)結論:どんな素敵なことばよりも、「コミュニケーションは相手が主役」であることを肝に銘じるべし。
2.最近の傾聴ボランティア活動から
下記はそれぞれ、さいたま市内の有料介護老人ホームを「傾聴ボランティア」として訪れた際の様子である。いずれも個室ではなく、施設関係者や入居者たちの目がある場所で行った。なおかつ、対象者と机を挟んで向かい合っての訊問調にならぬよう、両者の位置関係が90度になるよう椅子をセットして座った。また、時間は概ね4~50分と限られた時間であった。
(1)まず、私より自己紹介(出身地やいままで何をしてきたか等)をしたのち、「とかく年寄りが集まると、体のどこが具合悪いとか 、嫁がどうしたのといった人の悪口になりがちですが、本日は、是非、Aさんが一番生き生きとして楽しかった時代のことをお聞かせ願いたい。そのような楽しいお話をAさんからお聞きすることにより、私自身、元気を貰って帰りたいと考えています」と話を始めた。するとAさんは目を輝かせて「女学校時代が一番楽しかった。自分は将来、画家になりいと考えていましたが、当時、女性が画家になることについて、家族からの理解は得られませんでした。それでも趣味として、今でもたまに絵を描いています」とおっしゃったので、私より「お手元に絵があるようでしたら、拝見できますか?」と尋ねたところ、Aさんは嬉しそうに「少々お待ちください」と、一端、自室に戻られ、数冊の画帳を持ってこられた。以前は水彩画が中心だったが、施設に入ってからはもっぱらクレパス画になっているとして、静物画やお仲間の顔などの絵が何点も描かれていた。もちろん私は、その一つ一つの出来栄えを褒めちぎっておいた。また、私事ですがとしつつ「大正2年生まれの私の父も、絵が好きで、絵描き仲間との付き合いがいろいろあったようです。戦時中は、藤田嗣治をはじめ多くの画家たちが軍に動員され、いわゆる戦争絵画を描かされたようです。若き日の父の軍服姿で100号という大作の「青年士官」と題する絵が、かつてキャバレー王と呼ばれた福富太郎さんの手元に現在はあるそうです」といったお話をしていると、あっという間に時間がたってしまった。するとAさんは「先ほど、岡島さんは年寄りが集まると人の悪口が始まるとおっしゃっていましたが、私はすぐに人の悪口を言ったり、批判する性格だからこんなところに一人で入れられることになってしまいました」申しましたが、予定の時間がなくなってきたこともあり、そのことは詮索せず、私より「今日来たボランティアの岡島はダメなやつだったとかでも結構ですので、日々の出来事や、自分の感じたことを文章にして、今後は絵日記として綴ってみてはいかがでしょうか? 是非、今後とも好きな絵を描くことを続けてください」と言ってお暇した。
(2)Bさんは小柄な女性で、ニコやかに対応してくれた。私からは相変わらず、Bさんの楽しかった時代のことをお話ししてくださいと、お願いしたところ、Bさんは若いころから海外旅行が趣味でしたと言われた。特にどちら方面の思い出が多いですかと尋ねたところ、スペイン、アンダルシア地方が一番印象に残っていますと答えられた。そこで私はスペインではバルと呼ばれるバーをはしごして、それぞれの店自慢のつまみを注文しながら、飲み歩くのが楽しみでしたと話すと、Bさんも結構酒飲みだそうで、二人はウナギの稚魚のニンニク・オリーブ炒めが美味しかったことで意見が一致した。また、この料理には辛口のさっぱりした白ワインが合うことでも意気投合した。Bさんは、当時はスペイン語の勉強を少々したとのこと。私から、旅行以外の趣味を聞くと、他にはあまりないそうだ。旅行に行っても写真はあまり撮らず、思い出だけを胸にしまっているそうだ。さらに話は弾み、スペインで泥棒にあったことや、イタリア、英国、フランスを旅行した話、ギリシャの旅行では地元の人の家に招かれ嬉しかったと言っていた。また、外国映画の舞台になった土地や、撮影現場を訪ねることも楽しみだそうで、今風に言えば聖地巡礼だろう。イタリアではエリザベステーラー主演のクレオパトラの舞台も訪れたことなど嬉しそうにお話されていた。また、最近の映画はCGを駆使した現実離れした画が多い中、昔の映画は景色や人の描き方が美しかったことでも意見が一致した。話は戦時中のことに及び、Bさんは当時、駒込にお住まいで、空襲に会い、防空壕に逃げ込んだ話を懐かしそうにされていた。Bさんは、昭和14年生まれだそうで当時は、まだまだ小さかったが、浦和在住の親戚の家に一時租界したとき、その家の防空壕は広かった思い出があるとのこと。私からも、私の父は台東区向柳原の生まれで、その実家は1945年3月11日の東京大空襲の際に被災した。実家からほとんど建物はなく、平面で焼け残った浅草寺の山門が見えたとの話をしていたことを紹介するなど、二人の間は共通項で埋っていった。最後に、ご家族はご健在かと聞いたところ、高齢の兄夫婦がいるそうだが、それ以上、語るそぶりがなかったので、多分、夫とかお子さんとかは居ないのではなかろうかと思い、それ以上は詮索しなかった。時に根掘り葉掘り詮索しないことも「傾聴」の大切な一面と理解する。
3.授業と活動を通じて「傾聴」について思うこと
(1)授業では「傾聴」についての理論的な方法や心構えを学んだが、実際の傾聴ボランティア活動においては、時間が限られていること、初対面であることがほとんどであり、理論通り進めることは難しい。どちらかと言えば「行き当たりバッタリ」が現実。
(2)それでも決して先入観を持たず、相手をありのまま受け入れ(受容と尊敬)、相手との接点(共通項)を見出しながら、自分の意見や興味を押し付けず、共感と賛同の意を口に出して伝えることが重要。
(3)傾聴ボランティアをする側にとり、大切な点は、自分自身が幅広い知識を持ち、どのような話題に進展しても、相手との間に共通の話題を見出せるような深い経験を持っていること。そうすれば相手も共感をもってくれるだろうし、尊敬も得られるだろう。
(4)授業ではまったく触れられていないことであるが、どんな知識の披瀝よりも、傾聴活動の中で、一瞬でもよいから、相手から笑顔を引き出すことができたらすべて善しとすべし。限られた時間に、相手が求めているのは、いかなる知識よりユーモアある会話のひと時(息抜き)ではないだろうか。「ああ楽しかった」と思ってもらえれば最高。
以上